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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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木村五郎って誰
私が「木村五郎」という明治生まれで今風の名前の彫刻家を初めて知ったのは、大島の故曽根常吉氏が平成元年に自費出版された「三原山御幸登山道に憶う」という本の昭和初期の元町から三原山までの風景を綴る文中だった。あんこ人形の由来と大島農民美術組合の活動が描かれている中に、彫刻の指導者が木村五郎先生であること、大島藤倉学園に所蔵されているという五郎作のあんこ人形二体が写真で紹介されていた。あんこ人形に関しては「今では大島の民芸品として御神火堂こと藤井重治老が孤塁を守っている」と制作中の写真と人形が掲載されていた。
この時父は八十才、まだまだ元気で人形を彫っていたから、この本を父に見せて「木村五郎のことを知っているか」と聞くと、あまり興味がないような曖昧な返事だった。作品を見る機会もなくその名前はすっかり忘れていた。
木村五郎の作品と農民美術人形と呼ばれる人形を初めて目にしたのは、平成8年の夏に大島元町の大西家で行なわれた「六十余の歳月を経て今蘇る 木村五郎作品展」だった。展覧会を主催する大西外美夫氏は国会図書館に勤めた経歴の持ち主で、私が手伝っていたテニス教室のコーチ、テニスの会報を200号まで出し続けた愛文家。テニスの会報が廃刊となり、変わって登場したのが文化通信季刊『シデ』だった。気軽なタウン誌を目指した発刊で、実家の一部を「ギャラリー大西」と名付け、地域の文化活動の拠点作りの最初の企画として木村五郎作品展はおこなわれた。
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  「三原山御幸・・」に紹介された作品    ギャラリー大西の作品展
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