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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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「農美巡礼日記」新聞記事
  P9120001.jpg


大正の中期に長野上田から全国に広まった「農民美術運動」を受け入れた地方の発展の具合を知りたいとずっと思ってきました。案外と活動の趣意書や計画書などは目にする機会がありましたが、受け入れた地方がどう進めたのか、どこまでの水準にたどり着いたのか、そしてどうして衰退してしまったのか、それらを知る資料はあまりありません。
農民美術運動の発祥の地である長野上田の山本鼎記念館に、長野県下の下伊那郡川路村の川路農民美術生産組合で伊那踊人形などを作られた中島繁さんが活字化された全国の農民美術資料を切り抜いた古いスクラップ(昭和6年頃か)があります。何度かの複写を経ているためか私の手元にあるこの資料は半分が判読不能な状態です。
しかしスクラップには各地の農民美術運動で作られた人形や歴史が丹念な取材を基に細かく記述されています。多分当時の新聞だろうと思われますが40数回に分けて連載されたようです。私は先日何とかこの資料掲載された新聞にめぐり合いたい、そう思って国会図書館でマイクロフィルムと戦ってきました、与えられた時間は4時間です、根気との戦い、時間との戦いです。結論から言えばまだ見つけることは出来ていません。
すでに存在は知っていた長野近隣の組合の現況を伝える昭和5年の「農美巡礼日記」11回の連載の記事を確認することができました。自営業なので週一回の休館日以外に休むことは出来ないので次回いつ行けるかわかりませんが、鮮明な資料(膨大)にめぐり合える日が来る事を楽しみに調査を続けたいと思っています。
中島氏のスクラップの記事の最後に・・まだご紹介すべくして、しなかったものが百余種もある 御神火で名高い大島には「大島人形」がある・・・と書かれている、私の父が60年彫り続けた木彫人形はこの【大島人形】なのだ。
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