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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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上田の「郷土玩具展」にあんこ人形出品
農民美術つながりでは、平成15年7月、主催者から依頼されて長野県上田創造館で行なわれる「郷土玩具展」に大島農民美術あんこ人形と木村五郎の資料を出品した。資料館のパンフレットと一緒に小さなチラシを置いてもらった。

伊豆大島農民美術「あんこ人形」
 『大島は東京から洋上120キロも離れた小さな島です。昭和3年頃から「常春の島」として注目され観光客が大勢訪れるようになり、お土産として「あんこ人形」は珍重されました。
 この人形は、長野上田から山本鼎らが全国へ広めた「農民美術運動」の大島講習会で生れたものです。当時島の林業は盛んで、都会に燃料にする薪や木工品の材料を移出していたので彫刻の木材は豊富にあったのです。
 大島の講習会で講師を務めたのは日本美術院で石井鶴三らと真摯な彫刻研鑚をしていた木村五郎です。長野伊那(伊那踊り)、秋田大湯(雪ん子)、京都宇治(茶摘人形)の講習会で木彫技術を伝授、大島では昭和4年から3回の講習が行なわれ、15人近くの島人が彫刻にチャレンジしています。木村五郎はすっかり大島が気に入り島の婦人像を郷土風俗木彫作品に仕上げて展覧会で発表、小品ながら作品は異彩を放ちました。また、木彫の技法などの入門書も執筆、地方産業振興に大きな貢献をしました。
 あんこ人形の彫刻技法を伝授された島人たちは競って人形を作りました。しかし残念ながら全国規模の農民美術運動は17年間ほどで下火となってしまいました、大島では今日まで細々ながら製作が続けられています。今回展示している人形は60年彫り続けた職人のあんこ人形です。木村五郎のサンプルを手本に改良を重ね独自の人形にたどりついたものです。「いぬぎり材」は彩色していますが、重量感のある「桜材」は無垢のまま経年とともに色つやが増してきます。
 私は木村五郎の技と農民美術の意義と島人の意気込みを後世に伝えること、木彫職人であった父藤井重治の意志を継いであんこ彫刻修業をしながら資料館を開いています。
 農民美術発祥の地である上田の郷土玩具展に参加することで「木村五郎と大島の農民美術」に興味を持っていただければ幸いです。』

 農民美術の本家本元である上田で「農民美術あんこ人形」を出品できたことは大きな意味があったと思っている。現地調査の際に顔見知りとなった現地の方から「まず上田が動かねば」といった賀状をいただく事がある、「一日も早く」と願うばかりだ。
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おもちゃの種類『郷土玩具』について

郷土玩具郷土玩具(きょうどがんぐ)は、古来から日本各地で作られてきた玩具。地域の伝統工芸品でもある。地域の産物を用い、信仰に結びついた物や地域の動物などをモデルにした物が多い。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Ar 子供のおもちゃ屋【2007/02/09 01:52】

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