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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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伊豆大島発「和田三造と大島」⑥
画家で小説家の有島生馬は大正8年に雑誌『改造』に発表した「大島の桃源郷」のなかで

・・大島の話は度々人から聞き、度々人の書いたもので見た。然し何といっても最初に然も最も深くそこの興味を私に印象させたのは和田君に外ならなかった。・・三造君は、巴里に来ても大島の美を説いた。・・
世界の都の巴里の街も、君にとってはびょうたる相模洋の椿の木陰の寂かさには及ぶべくもないように見えた。「早く日本に帰って大島へ行きたいな」とは度々君の巴里で漏らす嘆声であった。


 と書いている、「南風」が入賞した褒美の渡航先での出来事で、まちがいなく大島と相思相愛になった最初の画家だったと思わせるエピソードではないだろうか。

 哲学者の井上円了は明治42年に来島した時、大島の情景を「富士を見るなら大島に来れ三保や竜華寺の比ではない」「大島に風と牛糞なかりせば不寒不熱の極楽の里」と詠んでいる。
 伊豆大島に何故画家はやってきたのか、何を描いたのか、大島の風景が画家に何か影響を与えたのだろうか、多くの画家の作品を調べてゆくことで、大島がどんな島で何がある島なのか、おぼろげながら分かってくるだろうことを期待してこれからも「画家が描いた大島の風景」の調査を続けて行きたいと思っています。
 伊豆大島を作品を描いた画家と作品名、来島したことは確認できたが、まだ作品に行き着けない画家などのリスト をHPで公開しています、何かご存じの方がありましたらご一報いただければ幸いです。
 画家に限らず文人墨客の大島に関する資料の頒布は可能ですのでご照会ください。
「美の巨人たち 和田三造ー南風」放映を記念して手持ち資料をまとめてみました。
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