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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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大島に資料館開く
平成11年8月28日、資料館開館の日を迎えた。記念講演をしていただく碌山美術館の千田さんには早朝に到着する船に乗ってもらった、午前中は五郎作品の展示を見ていただき、作品を見てもらい良い場所に修正してもらった。
 残暑が厳しい大島に五郎さんの身内の方を8名お迎えすることができた。何度も手直しをお願いした資料集の印刷製本所の並木さんも来てくれた。
 木村五郎の経歴や資料館のこと、記念講演のPRを兼ねたチラシを作って新聞折り込みをした、さて何人集まってくれることになるのか。親戚や知人には葉書で建物のお披露目の案内を出した。

『準備を続けてきました「木村五郎・大島農民美術資料館」が開館の運びとなりました。あんこ人形が縁結びとなった大島の農民美術活動と木村五郎の魅力と業績を展示いたします。大島独特の風俗である「あんこ姿」を後世に伝えること、そして父親御神火堂藤井重治の木彫人生60年の精神を受け継ぎ「あんこ人形」の復活を目指すつもりです。大島にとって、そして自分にとって欠かせない場所となれるようにがんばります。皆様のご支援をお願いいたします。』

 開館初日のセレモニーには80人が集まってくれた、用意した椅子は満席になった。
先ず木村五郎研究会大西会長に資料館建設までの経過を報告していただいた、Y先生、千田さん、木村さん、親戚や近所の方の顔がすぐそばに見えた、自分の感情を入れて喋ってしまうと涙が出てきそうで、何度も声を詰まらせてしまい、私はしどろもどろになってしまっていた。女房から「しっかり」と言われてもダメだった。しかし素人の資料館、こんな小さな集まりに相応しい、そう居直って自然に任せた。
 碌山美術館の学芸員の千田さん(現在は日本近代彫刻史研究家)に資料館の開館記念講演をしていただいた。これまでに何度も耳にしてきた落ち着きのある学者肌の声、きっと講演の経験を積まれておられるのだろう。普段と同じ口調で、「重い水桶を頭に乗せてデコボコ道を歩く姿(姿勢)は人体の中心・軸と深い関わりがあり、彫刻研究のテーマがあんこ姿にあったのではないか」と話された、五郎さんの作品の紹介や資料館の可能性などについて話していただいた。
 東京からのお客様を紹介し、Y先生と鈴木明さんに祝辞をいただいた。Y先生は、「話し始めると際限がなくなってしまうので、予め原稿を書いておこうと思う」と言われて昨晩に用意されていたが、読み進むうちに感極まってしまわれ、しばしの沈黙となってしまった。私にはY先生の心情がよくわかった。私は資料集も資料館建設も終始何とかなるさ、と軽く考えてやっていたが、そんな私を見て先生は心を砕かれていたに違いない、あっちこっちと寄り道する私を正しい道へと導いてもくれた。一から農民美術の講義を受けた生徒が無事に学校を卒業して、新しい道に進み始めることになった教え子を思い、また、Y先生が足を棒にして探し出した人形たちがこの資料館の二階で常設公開されること、農民美術に寄せる熱い思いが一気に胸に込み上げてきたのだ、すぐに冷静さを取り戻された。
 最後に木村五郎の遺影に「木村五郎資料集」の献本と献花をした。資料集は2日前に印刷所から送られてきていた。木村五郎生誕百周年という記念の年に、分身となる資料集と資料館が誕生した。
 式典が無事おわり館内の展示をみなさんに見ていただいた。作品を見る人、椅子に坐って冷たいお茶を飲む人、このひとときは私にとって心地よい爽やかな時間だった。
 綱渡りの工程を承知の上で早くから8月28日開館を決めたもうひとつの理由は、何とか夏休み中にオープンさせたいと思っていたからだ。女房は小学校の教員、この資料館はすべて私一人でやる覚悟でいたが、せめて開館日の前後数日だけでも一緒にここで過ごしてもらいたい、私が残りの半生を暮らすことになる資料館で再出発を見届けてもらいたかった。高校2年の長男は資料館棟上げから工務店のアルバイト員として働かせてもらって現場にいた。東京で働いている22才になる娘は休みを取って来てくれた。子どもたちは冷たい飲み物の準備と接待役をやってくれた、私の家族は4人、みんなドームへ集まった。
 記念写真は1枚だけあった、五郎さんの義妹の木村芳子さんとご家族、五郎さんの従弟になる鈴木明さん、千田さん、Y先生、建具屋の直さん、女房と娘と私が写っている。
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