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『あんこ』は目上の女性を親しみを込めて「おとらあんこ」など名前の下につけて呼びました。今では広く島の娘さんのこと、ちなみに私は男。   連絡メール

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あんこ人形誕生記
昭和初期、伊豆大島に生まれた農民美術「あんこ人形」、 島人に彫刻を指導した彫刻家木村五郎、60年彫り続けた職人の父、人形生誕から資料館を開くまでの回想と資料館の今と未来を記す
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あんこ人形いろいろ
大島郷土民芸品椿協会が昭和44年に発行した「伊豆大島椿民芸作品集ー椿のあゆみ」という冊子が父の仕事場にあった。郷土資料館ができた時にその歴史をまとめたもので、手彫りのコケシについて、椿の実研磨法などが写真入で紹介されている。
資料館には、藤井毅、佐藤彦八、笠間俊夫、藤原元吉、石沢一郎、山田裕信、長尾金太氏と父の人形が展示された。
解説の欄には「昭和初期数人の人が技法を学び、あんこ風俗を表現させる大島唯一の手彫りであるが、手のかかるところから作る人が少なく、現在は藤井重治氏が一人伝統を守っている。」と書いてある。
一刀彫コケシと表現しているように、椿やイズサ(えご)材を自然の形のままに刻んでいる。父は原木を四角に木取って彫る人形を好んで作っていた。
木の形を生かした人形作りが最初かと思っていたが、この冊子を見ると昭和5年に彫刻家木村五郎が農民美術講習会で伝授した「あんこ人形」の方が早かった、ということがわかる。当時展示された人形たちは今何処にあるのだろうか。
  20061129112803.jpg
9.10.12.13が藤井重治の人形
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